Focus On
吉田博詞
株式会社地域ブランディング研究所  
代表取締役
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or何が正しいか固く信じる思い、人はそれを信念と呼ぶ。価値観が多様化した現在、誰かが「正しい」と言うものを疑いもなく信じることは簡単な選択だ。そんな時代に道しるべとなり人々を導く存在になるのは、確固たる信念をもつ人物に違いない。
金融系大手ベンチャーキャピタル3社から累計約7億円超の資金調達を完了している株式会社BEARTAILは、テクノロジーと人力オペレーションが融合するヒューマンコンピュテーション事業によって、無駄な時間を減らし豊かな時間を創っていく。2018年には、レシート関連事業にてフェリカネットワークス株式会社とともに合弁会社BearTail Xを設立した。同社代表の黒崎賢一の信じる道とは。
目次
内緒で貯めたお年玉を握りしめ、意を決して買った2万円のPSP。その小さなデバイスに詰まっていた可能性に惚れ込んだ。ただゲームができるだけの機械では終わらない。自分の手で改造することで、良いものがさらに良くなる。そしてそれをより多くの人へ。毎日ネットをさまよっては情報を仕入れ、夢中で改造に明け暮れた。
筑波大発ベンチャーであるBEARTAILは、いわゆるFintech市場のなかでも家計簿・経費精算アプリから事業をスタートさせた。スマートフォンのカメラでレシートを撮影するだけで、あとはオペレーターが人力で手入力してくれるサービスは99%の入力精度を誇る。資産管理に必要なデータを可視化することで、無駄な時間を減らす。「社会の北極星のような存在となり世の中を導く、偉大な会社となる」その思いのもとに集っている。
代表の黒崎氏は、高校生のころからCNET JapanなどのIT系メディアで最年少ライターとして活躍してきた。海外でローンチされたおもしろいツールを誰よりも早く片っ端から試しては、1日に10本以上の記事を量産し、数百万人の読者にコンテンツを届けてきた。
「(ともに未来を目指す仲間を)お互いが背中を預けることができるほど、信頼しています」
若くして起業し、信念のもとに走りつづける黒崎氏の人生に迫る。
一年を通じて、同じ場所で輝きつづける北極星。道しるべのない旅をするとき、昔の人は北の空を見上げて方角を確認してきた。
BEARTAILという社名は、創業時に決めた。こぐま座の尻尾に位置する北極星のように、道しるべを示す会社になろうというビジョンがあった。
「もともと無駄な時間を減らそうっていう、そういう思いがあって。こういう風にやれば無駄な時間減るよねってことを示したいと。その方法を示す、道しるべ。という感じで決まりました」
黒崎氏のなかでは、No.1へのこだわりがあったという。1位にこだわった方が、結果として道を示せるのではないか。偉大な会社になるのではないかという思いがあったからだ。トヨタが開発したハイブリッドカー技術をマツダがもらい受けたように、どんな業界でも1位の会社はフォローされてきた。1位というのは、いつの時代も道を示す存在だった。
「時間を減らした会社No.1になろうという。どれだけ自分たちのプロダクトで、世の中の人の生活を改善したか、『改善総時間』を僕たちの生業にしよう。利益とか売上とか従業員数ではなく、提供したプロダクトで改善した総時間数。それだけ先に決まってたんですよ」
何をつくるかよりも先に、確固たる信念があった。信じるものがあったからこそ、今がある。
サービスの価値を時間でとらえるという概念は、ライター時代に培われたという。
「もともと僕メディアでライターやってて。CNETとかで記事書くと、数万人にリツイートされて何十万人が読みに来るみたいな。自分が30分かけて書いた取材が、ぶわーって人の時間を消費していくんですよ。僕が書いた30分で何十万分っていう形で人類の時間を消費したなとすごく感じて」
一般的なメディアにおいては、どれだけ読まれるかが収益に直結するし、時間をかけて読んでもらえるほど、読み手はコンテンツに満足しているということになる。訪問者数と滞在時間がメディアの価値を決める。
「どれだけしっかり読んでもらえたか」、つまりたくさん時間を消費してもらえることが、良い執筆者の条件だと考えるようになった。
「世の中を動かすっていろいろあるけど、人の時間を消費したりとか、人の時間を生み出してあげるってことが世の中を動かすことだって、僕ライターとして書いてたからこそ、そう感じたんですよね」
人の生活のなかで無駄な時間を減らし、ためになる時間を生み出す。それこそが、BEARTAILが生み出す価値なのだ。
幼少期にスポーツを通じて得た経験が、その後の人生でも残りつづけている。黒崎氏はサッカーの試合で勝ちたいという思いから、上達のためにコーチの言葉を信じ、実践することで力に変えてきた。
「割と素直かもしれない。コーチとかのマインドをそのまま引き継いでやりました。『練習はまじでしっかりやれ、練習から試合本番だと思え』『すべて無駄なアクションはない、一歩一歩意識を高めて地面を踏め』みたいな。『お前はキック力や走力が他の人に負けているから、良いポジションでボールもらえるように動け』という風に、自分よりも力を持つ人の指導をそのまま実行することが、実際に結果につながることを知っていきました」
経験者の言葉を信じ、目標に向かってストイックに全力を注ぎ、繰り返し目標達成していく。それにより周囲から賞賛されたり、表彰されることによって、より多くの人の期待に応えていく喜びを知った。
「人に求められていることをすると、感謝されるじゃないですか。それを最大化したいっていうのがあります。だから個人事業主で(メディアへ)記事を執筆したりとか、とても楽しかったし。今組織でやっているのは、僕たちはKPIを時間で置いてますけど、個人でできないような、より意味のある、規模の違う挑戦と達成を得たいのかもしれない」
どうせやるなら全力を尽くしトップをねらった方が、多くの人に喜ばれるし、達成感も大きい。ためになる言葉は素直に信じ、すべて吸収する。トップをねらうマインドは昔から持ちつづけてきた。
描くビジョンの背景は、少年期にまで遡る。
子どものころ、親の教育方針でゲームは厳しく制限されていたという黒崎氏。中学三年生のとき、初めて自分で買ったPSPは、未来の可能性が詰まっていた。
「単なるゲーム機ではなく、未来のデバイスだと思いました。こんなに自由度の高いデバイスなんだ!って気づいて広めたくなったんですよ。このデバイスを持つ人が広がるようにできるだけ魅力的になるような改造を施して、LRボタンが音楽にあわせて光るようにしたりとか、ソニーが提供するPSPなのに自作のゲームが起動できるようにしてあげたりとか。それでその数千名規模の改造コミュニティを運営して、当時年間で数百台を学内はじめとして、広げていきました」
当時の黒崎氏はただ無邪気に、純粋に、より多くの人にそのデバイスの良さを広めたいと考えていた。しかし、そこには人の人生に悪い影響を与える可能性も潜んでいた。
「(僕が)将棋部の部長だったころに、部内のメンバーにPSPの改造方法を教えたら、とても流行り。直接的な要因ではないかもしれませんが、それで将棋部は少し弱くなったように感じます。一部で幸せにしたものの、一部で不幸にしたなというか、自分自身にもブーメランで返ってきました」
PSPを広めることで、ゲーム廃人が一部出てしまった。何かを広めることは豊かな時間をつくりだすこともあれば、場合によってはそうでない時間となる可能性もある。優先順位が変わり、本来あるべきはずの「部活動」というものが脅かされた。だからこそ、何が正しいか明確に分かることだけやりたいと思うようになった。
高校三年生のとき、たまたま旅したインドで見た光景は、それまでの価値観を覆すに足るものだった。
「インドの(山奥で紅茶を栽培する)ティーガーデンで働いてる人たちは日給300円なんですよ。朝から晩までずっと働きつづけて。年齢関係なしに、子どもからおじいちゃんまで、全員1日300円。でもみんなその給料に感謝してて。日本で最低限保障されている生活レベルとの格差たるや。(日本は)チャレンジに向いてる国だと思いました」
トップを目指していたからこそ、日本で生きる上で、生半可な挑戦や、やりがいはほぼ意味がないのではないか。どうせなら死ぬかもしれない、そんなレベルまで振り切らないとおもしろくないのではないか。そう考えた黒崎氏にとって、大きく挑戦したい意欲が沸き立ってきた。
「生きるか死ぬかみたいな挑戦をやってみたいと思いました。スマートフォン開くと、今でこそLINEがありますが、当時DropboxとTwitterとFacebookしかなかったんですよ。日本のアプリって1個もなかった。それなら、IT分野で挑戦するとしたら、日本の企業に入ってもダメだと。どこもダメなんだったら、自分たちで挑戦しようという発想で創業しました」
世の中に良いインパクトを与えるような、偉大な会社をつくろう。大学入学時から抱きつづけたその思いは、創業メンバーとの出会いのときまで、黒崎氏の胸に在りつづけた。
創業メンバー4人は、全員黒崎氏が大学で出会った。
「情報学部の研究発表を見て、短期的にすごい結果出してる人がいたので、その人に声をかけました。プロダクト一緒につくってみない?というような感じで。当時は法人化することは考えていなかったです」
プロダクトが世に受け入れられ、苦楽を乗り越えていくなかで、チームの結束は高まっていった。節約のためにシェアハウスで共同生活していたこともあり、創業メンバーは何を考えているか話をして共有しなくても前に進むことができる、家族のような信頼関係がある。
「一緒に朝から晩までご飯を交代交代つくりながら、プロダクトをひたすらつくっていました。今では、お互いが背中を預けることができるほど、信頼しています」
寝食をともにし、お互いの人間性や価値観まで知り尽くした時間があるからこその今がある。目指す理想を共有するその絆は、そう簡単には綻ぶことはない。
ベンチャー企業として、当初描いていた理想と現実の間にギャップが生まれることもある。
「ここから3年で一気に爆発するポテンシャルが絶対あります。事業のスタートから考えるべきで、会社のスタートから考えるべきではないということです。スタートして、一夜にしていきなり爆発することは少ないので、忍耐強く継続しつづけることが重要です。これを自分はもちろん信じています。そして、チームには信じてもらえたらいいなと思っています」
FacebookもInstagramも、あるときを境に急成長を遂げた。自分が信じ切れなければ、実現できるはずがない。仲間を鼓舞しながらも、本心でそれを思っていなければ伝わってしまう。まずは自分が信じ切ることが必要だ。
黒崎氏のなかで、無駄な時間を減らしたいという信念は、決してブレることがない。
「BtoB事業をはじめる以上は、このプロダクトは10年ぐらい最低やりきらないと意味がないです。2年やってポイってやるのであれば、そもそも取り組まないほうが良い。10年間は、これやるぞと覚悟してやっています」
大きな社会的ニーズがあるが、正しいかどうかどうか分からない事業。とびきり稼げるが、社会的意義があるか分からない事業。そんな事業は、BEARTAILでは行わない。社会的に意義がある、「無駄な時間を減らすこと」を事業にする。
「世の中を良くしていく」という確固たる信念があるからこそ、道なき道を切り拓いていくのだろう。
2019.07.10
事業の未来に暗雲が立ち込めるときや、予期せぬ危機に見舞われたとき、企業という「組織」の力が試される。
売上が下がり、勝ち筋が見えなくなる。メンバーの士気が下がっていき、組織から人が抜けはじめる。資金はみるみる減っていき、倒産の2文字が脳裏をよぎる。
黒崎氏もそんな壁に直面し、2016年、組織崩壊を経験した。
契機となったのは、当時主力事業だった個人向け家計簿アプリ「Dr.Wallet」での不振だった。じわじわと、しかし早いスピードでBEARTAILの目指す市場は競合他社に奪われていく。
事業は傾き、黒崎氏は再起の方法を模索していた。
ふと、今あるものに目を向ける。家計簿を記録するため、日々撮影され送られてくるユーザーのレシートデータ。それを「Dr.Wallet」では、裏側にいる2000人ほどの主婦のオペレーターが毎日10万枚ほど打ち込む仕組みを擁している。なんとか今あるリソース、このインフラを転用し事業を生み出せないだろうか。そんなアイディアから、同社で初めての法人向けサービスとなる経費精算システム「Dr.経費精算(現・レシートポスト)」は生まれた。
競争の激しい個人向けサービスにおいては、1年の事業計画の遅れが企業にとって致命的なダメージとなる。一分一秒でも早く、競争を勝ち抜きトップになる。それが何においても重要だ。KPIを達成できなければ企業としての存在価値がない。目的完遂のためだけに時間は使う、それ以外はいらない。オフィスで笑い声が聞こえれば、「笑っている暇があるのか」と冷たい声を飛ばしていた。
強い信念を唱え背中を見せれば、仲間はついてきてくれる。当時はそう信じて疑っていなかった。
数か月後。既存事業とは反対に、新規事業である法人向け経費精算システムは好調なペースで成長を遂げていた。法人向けであれば会社をうまく立て直せそうだ。どうにかして、こちらも事業の柱にしていきたい。事業のピボットという選択を現実的に考える。しかし、経営者としてのジレンマに襲われた。
「苦難を乗り越えた先、たどり着ける未来がある」。そうメンバーに発破をかけてきたのにもかかわらず、新規事業を選択してしまえば、自分の言葉に矛盾が生じてしまうことになる。既存事業に従事してくれているメンバーに対して言葉を伝えることができなかった。だから、ピボットへの思いは隠していた。
「『うまく2本柱にできたらいいよね』と伝えていました。でも、そういうコミュニケーションって見え透いてるんですよね。黒崎さん本心じゃないんじゃないのと。それもあって一気に人が抜けてしまって」
結果的に、共同創業メンバーである3人以外、全社員が組織を離れることとなった。
組織の崩壊。事業の衰退。結果が出なかった。リーダーシップやコミュニケーション、経営者として持ちうるすべての自信を失う出来事だった。
「創業したときは、人間関係を構築することにあまり時間をかけようとしていませんでした。俺についてこいというタイプで、飲み会も参加せず、入社してもらったあとに一度も会話しないようなメンバーもいたり。でも、危機が訪れたときに辞めなかった人と辞めた人の差を考えると、辞めなかった人は、もともと僕と寝食をともにして、仕事以外のお互いのパーソナリティまで理解していた人たちだったんです」
仲間との信頼関係を構築することを怠っていた。人間関係がなくとも、同じ目標のもとに集う者同士なのであれば、ともに未来に向かいあえると思っていた。
でも実際はそうではない。ともに集う仲間なのであれば、言葉を交わして信頼しあう必要がある。心の底から信頼できる友情体に辿り着くには当然時間もかかる。時間をかけて、お互いを理解しあうことで、(創業時の仲間がそうであるように)お互いに背中を預けあうことができる。
経営者として、やり方が間違っていた。自らの未熟さが招いた結果だった。
組織の在り方を再考するなかで、ふと黒崎氏の脳裏によみがえってきたのは、中高一貫の男子校に通っていたときのこと。文化祭で、たこ焼き屋の模擬店を出店した際の記憶だった。
「僕は学生時代、文化祭の模擬店でたこ焼きを売っていて異様に楽しかったんです。ただ、それはたこ焼きを一個一個焼いていく仕事そのものが楽しかったというよりは、一緒にやっている仲間との信頼関係があったからこそ楽しかったんだろうなと。(会社経営も)そっちの方がいいかなと思ったんです。結局、隣に座ってる仲間と一緒に仕事をしていて楽しい感じが重要なんだろうなと」
油をひき、生地を順番に流し込む。具材を入れて焼けてきたら、ひたすらひっくり返していく。集中して作業を続けているうちに、自分自身の技術が向上するだけでなく、会計や列の整理など、ほかの役割を担う仲間との連携もうまく取れるようになる。チームとしての生産性が上がっていく感覚、その楽しさに夢中になっていた。
会社という組織も、人と人が何かを一緒に生み出すという点においては変わらない。信頼しあい、生産性を高めあえるような関係性を築いていくことが大切であるはずだ。個人がチームへの信頼を抱くからこそ、背中を預け、全員が持ち場を経営できる。何よりもそれにより、チームでうまくいく感覚が楽しくてしょうがなくなるはずだ。
失敗から学んだ黒崎氏。もっと互いが絆で結ばれた強固な組織をつくりたい。それによりともに成しえたい未来を実現していく。それこそが、仲間がこのBEARTAILに集う理由なのだ。
現在では、入社後6か月ほどの期間、すべての新入社員と食事をともにする機会を設けている。入社前後のギャップから、今困っていることはないかどうか。さらには仕事とは関係のない話まで、互いの意思決定の背景を共有しあうようになった。
一人一人のパーソナリティを知り、ささいなことから深い価値観までを共有しあう。それにより、真に心から信じあう組織へと近づけていきたい。
2019年新卒入社社員の歓迎お花見ランチにて。毎年、4月の入社を祝ってオフィス近くの公園にて、お花見を兼ねた歓迎ランチを実施している。
組織として内外の変化をくぐり抜けてきたものの、BEARTAILが企業として目指す未来は変わらない。無駄な時間を減らし、豊かな時間を創ること。人が持つ時間を最大化させる「時間革命」により、社会をより良い姿へと変えていくことだ。
それを同社は、テクノロジーと人力オペレーションを融合させた「ヒューマンコンピュテーション事業」によって実現しようとしている。単なるAIによる自動化ではなく、AIと人、それぞれの得意不得意により仕事を分けて処理することで、単独では到達できない効率性やユーザー体験を実現するというものだ。
「ヒューマンコンピュテーション事業って世の中にもっと広がりうるし、家計簿・経費精算以外にも新しい軸でその価値を広げていけるんじゃないか。サーバーがオンプレミスからクラウドになったように、その次に単なるコンピュータの計算資源だけじゃなく、人間そのものを計算資源にしたシステムって増えてくんじゃないかというテーマにかけている。そして、それによる時間革命を成し遂げようということですね」
時間革命を成し遂げる。そのためには既存の手法にとらわれず、常により良い選択肢を切り拓いていきたいと考えている黒崎氏。未来の社会の便利は、コンピュータだけで支えられているとも限らない。機械にとって得意なことと、そうでないものもある。そうであるならば、機械にとって得意なことは機械に、人間にとって得意なことであれば人間が担えばいい。
黒崎氏は2000名超の主婦とともに事業の道を歩んでいる。主婦の力とコンピュータを融合させることで、サービスの品質を極限まで高めることに成功している。同時にそれは事業として強固で、永続性のある基盤ともなり得ている。
個人向けサービスを展開していたときと今は違う、もっと長期的な目線で事業と未来をとらえている。
10年20年かけて、永遠にサービスを提供していけるような偉大な会社の在り方を描いていきたい。ただ競争を勝ち抜くことよりも、信じあえる仲間とともにお客さんに価値を提供できること、ものづくりそのものを楽しむことが今ならできる。
時間革命には、一歩一歩近づいている。時間はかかるかもしれないけれど、自分たちは価値のあることをやっているとお互い確かめあっている。だからこそ、その一歩は確実なものになる。それは会社にとっても、社会にとっても、もっと言うならばBEARTAILに集う仲間の人生にとってもそうである。
今なら言える。目の前にどんな苦難が訪れたとしても、互いを信じあい、「時間革命」に向けて全員で立ち向かっていくことができる。
それは、仲間集めにおいても言えることだ。
「採用においても、『俺が俺が』とか『名声上げるぜ』とか、いわゆる典型的なベンチャー企業に入る志望動機の人は避けていて、どちらかというと大企業に入って10年20年かけて大きなインフラをつくっていきたいんだみたいな思いを持った人に、それって小さな会社でもできる環境がありますよということをお伝えしています」
短期的な利益を追うのではなく、いかに長期的に社会へと価値を提供しつづける仕組みをつくることができるか。BEARTAILは、歴史に名を残す偉大な会社となるべく着実な歩みを重ねていく。
一人がチームに、チームが組織に。時が経ち会社が成長していくと、組織にも変化が訪れる。
事業が拡大し、人を採用する。担う役割が細分化し、全員がフラットだった関係が徐々に組織構造になっていく。
仲間を増やしていく過程では、既存のメンバーよりも優秀な人材を採用することもある。必ずしも年功序列にならなかったり、転職元の役職が引き継がれず元役職者がメンバーから始めることも。そこでは組織を円滑に運営していくために、求められるコミュニケーションや人間性があると黒崎氏は考える。
「入ってもらう人の基準として、ありがちかもしれないんですけど、僕の上司になってもらえる人かどうかというところはすごく大事にしています。リーダーシップがあるかの言い換えかもしれないんですけども。その人に『ゴミ捨ててください』とか『トイレ掃除してください』と言われたときに、僕が喜んでやれるような人かっていうところを重視していて」
たとえば、年下でリーダー経験もない人が、リーダー経験のある人に何かを依頼するときに、依頼された側が心地よく働けるかどうか。左右するものは、伝え方や合理性、感情の出し方、あるいはその人自身も依頼される側になったときに献身的に取り組めるのかどうかなど、さまざまな要素があるだろう。
そういった気遣いのできる関係の一つ一つこそが、小さな集団をチームへと変え、大きな組織へと変えていく礎となっていく。
だから、今はどんなにスキルがあっても、それだけでは仲間として招き入れることはしない。黒崎氏自身、その人の部下として働けるかという点を重視して採用を行っているという。
2019年4月、現在40数名(最終取材当時)の仲間が集まっているBEARTAIL。そんな視点を得たのも、組織崩壊の学びからだった。
「黒崎さんの元で働きたくない」「合理的な指示じゃない」
過去、メンバーにそう言われたことがある。そのとき初めて、立派なキャリアを積んできた相手に対し、納得してもらえるよう適切に伝えられていなかった自分を自覚した。大切な仲間だからこそ、絶対に必要なコミュニケーション上の配慮や敬意の払い方がある。それは、黒崎氏自身の反省でもある。
今、組織がますます拡大していくうえで、「自分の上司となりうるか」という点は、どのポジションであっても重要なものであると考えている。敬意を持ちあう関係。それさえあれば、きっと100名、1000名の組織になったとしてもうまく回るのではないだろうか。
組織づくりに絶対的な正解はない。しかし、BEARTAILには失敗から学んだ資産がある。組織内の信頼関係を大切に、パーソナリティの深い部分から理解しあう者同士が、互いに高めあっていける環境を追求していく(実際、同社では組織自体に魅力を感じ、入社するメンバーが多いという)。
「今は人事がいないので、みんなが組織に対しての貢献とか、人事として良い組織にするっていう意識は持っていてほしいなと思います。採用をやってもらうわけではないですが、会社そのものを倫理的に健全にするために、そういった人事的な機能を全員が5%でもいいから持っていてもらえたらと期待しています」
全員が組織づくりを考え、全員の力で時間革命を達成する。心から信じあえる仲間とともに目指す未来を信じつづける。それが黒崎氏の、BEARTAILの願いである。
2019.04.18
文・引田有佳/Focus On編集部
何かを深く信じれば、誰でも自分の中に大きな力を見つけだし自分を乗り越えることができる。
本田技研工業の創業者、本田宗一郎が残した言葉である。「信じること」で得られる力、得られる結果が誰にでもあることを示してくれている。
世を変えるようなイノベーションは、どれもはじめから賞賛されているわけではない。正解も不正解もない。そればかりか、むしろ世の中からは不正解とされる場合も多い。アイデアを生み、事業を生み、それをつづけることで、あるタイミングで世の中からの支持を得て世の中の変革へとつながっている。
安易に目先の利益を目指すのではなく、その時の世の中に迎合するものではなく、未来を考え、そのタイミングが来るまで、未来への「信念」を曲げない力をもちつづけるからこそ、未来のプロダクト・サービスとなる。
イノベーションを支えてくれるそのものの正体は「信じつづけること」なのかもしれない。
心理学や進化学の観点からも人間そのものは、人間の原点として(幼少期であれば親などの)人との間に生まれる「信頼」の絆が成長に影響するとされてきた。「信頼」があるから人の脳と心が成長し、社会においても力を発揮できる状態がつくりだされる。
社会へ影響を及ぼす原点を「ひとりのヒト」という単位にまで分解すると、そのはじまりにも「信頼」が存在しているのだ。
ベアテイルは家族のような信頼の絆をもつ組織だ。お互いに言葉もいらないほど信じあうからこそ、一人一人が社会を変えていくような力をもつことができる。いま現在、世の中からの成功の約束を得ていないとしても、自分たちの描く未来を信じて邁進できる。
“人々の生活を改善し「時間」を生み出す”という物理の法則をも変えるような未来の社会を描くからこそ、ここにはその創造主としての「信じる力」が存在しているのであろう。
文・石川翔太/Focus On編集部
株式会社BEARTAIL 黒崎賢一
代表取締役社長
私立武蔵中学校・高等学校卒業、筑波大学情報学群入学。2006年より6年間、朝日インタラクティブCNET Japanを筆頭にテクニカルライターとして執筆。主にウェブサービスやスマホアプリにおけるセキュリティ対策など技術専門性の高い領域を担当。2012年6月、株式会社BEARTAIL創業。代表取締役就任。