Focus On
山敷守
株式会社DROBE  
代表取締役CEO
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or職種という便宜的な枠組みは、スペシャリストと呼ばれる人々の地位を支え、いまや一般的なものになった。一方、仕事がますます細分化し、より流動的になった現在、それは社会の変化に抵抗しつつある。そもそも職種という枠組みは、採用の現場や、個人のキャリア形成において、どれほどの意味をもつだろうか?
デザインコンサルティングにおいて卓越した組織、株式会社A.C.O.代表の倉島陽一が語る“職種からの解放“とは。
目次
目黒川沿いの静かな一角に立地するビルの2階に、その会社はある。センスを感じる白を基調とした入り口、入居者の手でDIYが施された暖かみのあるそのビルは、デザイン会社や建築会社、スタートアップなど、クリエイティブな企業が多く入居しているという。名前を町原ビルといい、スマート車いすのWHILLや、職業体験旅行の仕事旅行社、ココナラを運営するウェルセルフなど、個性的なスタートアップが代々入居してきたことで、実は有名なオフィスビルだ。
2001年、クリエイターコミュニティサイトの開設をきっかけに設立されたA.C.O.は、現在トヨタやリクルート、オリックス、サンスター、ANAなど名だたる大手クライアントに対して、デジタル領域のブランディングとクリエイティブ面での支援を行う。2013年にはロンドンオフィスを開設し、同社がアートディレクションを担当した、屋外でも注文できるドミノ・ピザのアプリ「Domino's App」は、カンヌ国際広告祭のブロンズ・London International Awards銅賞を受賞するなど、海外からの評価も高い。
代表の倉島氏は、東京芸大で建築を学んだのち、友人とともに設計事務所を設立。傍らで始めたウェブマガジンをきっかけに、以来デジタルと広告の世界へ入った。
「黒歴史ばっかりだし、でも前に進みます。思い言うのは自由だから」
そう語る倉島氏が考える、人・組織のあり方に迫りたいと思う。
同社のカルチャーやノウハウを発信するオウンドメディア「A.C.O. Journal」は、一つの採用ツールとしても重要な意味をもっている。
「オウンドメディアをスタートさせて約1年半。最近『こういう人が来てほしい』と、『うちに魅力を感じる人』が、少し一致してきたなと感じます」
同社のデザイナー募集枠に応募する人は、およそ二つのタイプに分かれる。十分なスキルがあり応募する人と、経験はないがたまたま「A.C.O. Journal」を読んで魅力を感じてくれた人だ。異業種からの応募であっても、後者は職種転換の動機がおもしろいと感じた人を誘うことがあるという。
「デザインをやりたいというけれど、よくよく聞くとデザインに“携わりたい”だったり、デザインというより”ここがいい”だったりするんです。その中で見込みがありそうな人には、ほかの枠をおすすめしたりします。たとえば、車の部品業界にいた人がITに行きたいと。デザインが好きだけど、工学部だからできないんだと。つらつらとしつこく書いてあるんだけど、趣旨がある。おもしろいから、君ならUXいけるかもよって、本を渡してみたり」
興味があるならと一ヶ月でも待つ。プレゼンをもってきたら幹部総出で見る。可能性があったら引っ張りあげる。もしそこでだめでも、そういう経験がほかでも活きるはず。
そうやって採用されたデザイン志向人材は、社内の各部門で働き、結果としてデザインに携わることできる。これまでの経験を活かし、個が最大化される仕事を任せること。それが倉島氏の考える仕事のあり方だ。
A.C.O.の採用ページには、ユニークな職種名が並ぶ。グロース・ディレクター、デベロップメント・ディレクターなど、ほかではちょっと聞いたことがないものだ。
「これから採用ページにどんどんヘンテコな名前の職種を出していきます。誰が考えたんだか、なんのこっちゃわからないですけど。UXプランナーとかね。どこにも載ってなかったので。英語で調べたら海外には一応あったから、なんかあるだろっつって(笑)」
たとえば、UXデザイナーというとデザイナーからのUXという印象だが、UXプランナーというと、もう少しマーケティングっぽくなる。さらに、UXアナリストというと分析寄りの感じがする。もともとUXは分析から人の動きを観察して、それを設計することなので、これも不自然ではない。名前のつけ方一つで、ニュアンスが大きく変わるから不思議だ。
「言葉にして分解してしまう。通じなくてもいいじゃないですか、その人が言い切ったら、それはそうなっていく」
結局、職種は言葉としてついているだけに過ぎない。何をやるかは、会社によって、時代によって当然変化する。「会社が何を大切に考えているか」「そしてそこにどれだけ共感しているか」変化の激しいこの時代に大切なのは、職種よりもむしろ、そんな思いなのではないだろうか。
働く人は想定外の変化にさらされやすくなった。原因は一言では語り尽くせない。景気の変動に合わせ仕事やポジションも変化し、企業が社員の将来に責任をもつことが難しくなっている。
リーマンショックで訪れた経営危機は、倉島氏に現実的な判断を迫った。
「リストラをしなきゃいけなかったんですよね。そのときに真っ先にごめんなさいとなる人は、他でもやっていけると思える人だった。そもそもダメな人だったら一緒にやってないし、雇ってないけど。どうしてもという選択をするときに、まぁこいつだったら心配ねぇなと思った人は、やっぱりいま他で出世してますもん、実際ね」
それは決して感情的なものなどではなく、合理的判断だったという。
「少なくともここで足がかりを得て、自分の足でたてるなと思えたり、必要とされるポータブルスキルさえあれば、たぶんどこに行ってもなんとかなるじゃないですか」
今日ある仕事が、明日も同じようにありつづける保証はどこにもない。そこに求められる専門性も、めまぐるしく変わっていく。
「自分の足でたつ人を、増やす」――A.C.O.が掲げる信条は、そんな時代だからこそ導き出された合理的結論だ。
最悪の事態が起きたときどうするか?自然災害や経済危機、突然の解雇――「それでもなんとかしなければ」と、人は奮い立つ。
「自分の足でたつ」ことの真価が問われるのはそんな場面だと、倉島氏は語る。
「まず、自分がもっているものが必要です。近くにいる自分じゃない誰かと、何かを始められるじゃないですか。たとえば、自分の足でたっているデザイナーがいて、会社が何らかの理由でバラバラになっちゃったときに、たまたま隣にエンジニアがいたら、この二人でアプリをつくろうとか思うじゃないですか」
偶然隣にいた人と何かを生み出す確率が、どれほどかはわからない。しかし、少なくとも自分はこれを絶対にやってやるというものがあるか、つまり自分の足でたっているか否かで、その確率は段違いに変わる。
「一人で稼ぐという意味ではないです。自分でもっているものがあるからこそ、出会うべくして出会える人がいる。そういう理屈ですね」
不確実な時代に生き抜く術として、一つの答えがここにありそうだ。
「一人でできることは小さい」と、倉島氏は語る。
個人もしっかりと自分の足でたつと言いつつ、それを形成するためには、パートナーとなる誰かがいないと成り立たない。それを最大化できないという考え方だ。
「自分を最大化するためには、一人よりも誰かと組み合わせることです。そしてその相手は、自分と被っているというよりは、自分を補完する人であるべき。自分を中心とすると誰が必要なのかっていう視点をもつことは、特に大事です」
確かに、その上でデザイナーや営業といった枠組みを定めた瞬間に、可能性は一気に閉じてしまうのかもしれない。
「組織っていうのは、被ることと、独自でもつこと、両方同時にある状態をつくるっていうことですよね。円が離れていたり、ただ接しているだけだったりすると、一緒にいる意味もありません。自分の最大化のためには、いろんな形で被らせると和も大きくなりますし、そうしないと自分だけでもっているものも強くなれない」
それが結果として、組織という器になる。レンブラントだって、一人で描いていた訳ではない(たとえサインは本人が書くのだとしても)。少なくとも一人では、あんなに立派なものは生み出せなかっただろう。
未来に向けたおもしろい取り組みもある。二つの職種が並んで書かれた名刺だ。
「名刺をいま新しく作りはじめています。デザインは変わらないんですが、現在やっている職種と、将来なりたいと思っている、あるいは会社として応援している職種、二つを並列で書いてもらうんです。たとえば、Webデザイナー/UXデザイナーとかね」
いまはこういう業務をやっているが、いずれはここまでやりたいんですということを自ら表示する。その意図は明確だ。
「結局、H2H(Human to Human)マーケティングっていうやつですよね。お客さんが大きい会社だったとしても、結局はその中の個人と仕事をしていくことになる。個人を知るということは、たとえばこの人はこの業務で仕事してくれてるけど、こっちにも興味があるのであればこういう話もちょっと聞いてみようかなとか、向こうから誘い込まれることがあるんです」
自分がなりたい環境に自然と引っ張られる。お客さんからも、あるいは周囲の人からも。もちろんそれは自分の自覚次第ではある。
「自分が名刺に書いている以上、1年後見て変わってないなぁとか、あの思いどこ行っちゃったかなぁ、みたいなこともありますよね」
そんな個が化学反応を起こすための施策も、もちろんある。オウンドメディア「A.C.O. Journal」で紹介されている「ペア・ワーキング」もその一つだ。詳しいやり方は、記事を見てほしい(『一人作業時間をカイゼンしてみませんか?二人一組で質を上げるペア・ワーキングのすすめ』http://aco-tokyo.com/journal/thinking/102/)。
「同じタイプの人が並べということではありません。たとえば、ドラフトマンとアイデアマン。どちらかというと手を動かすのは早いが、アイデアはあんまりない人。アイデアはあるんだけど、手はあんまり早くない人。二人がいたほうが、それぞれの最大価値になる」
根底にあるのは、自分の領域はスペシャリストだったとしても、それだけでは生きられないという考え方だ。一見、倍のコストであったとしても、つきぬけるとか、決断するという場面では、一人よりも勇気がもてる。結果的に組織の方が、当然その状態も起きやすい。
「僕らみたいなクリエイションとか、コミュニケーションデザインするときに、一人の力だと意外と答えは出ないんです」
もしかしたらあなたも、いままでにない自分の可能性が見えてくるかもしれない。
2017.07.10
文・引田有佳/Focus On編集部
江戸時代に身分体系として生まれた「士農工商」(現在は歴史の教科書から消えている)。産業革命の原動力となる思想をつくったという石田梅岩は、差別的な意を含むその見方に対し「職業に貴賎なし」と唱えた。すなわち、「士農工商の階層は、社会的職務の相違であり、人間価値の上下・貴賤に基因しない」というものだ。
なかでも「職業」には公利性が求められたという。そこでは社会からの需要と、社会への良き影響、この二つが「職業」たるものとして必要だというのだ(たとえば、泥棒という職業が許されないように)。
その原点に立ち返ると、わたしたちが「職」という概念に縛られてしまっているのは事実かもしれない。社会からの需要があり、自ら為すことによって社会へ良い影響が与えられる。「職」というものは、本来そんなシンプルなものなのだ。
「職」に縛られるからこそ、不要なものも多くなる。「職」が先に来て、何を為すかがあとに来てしまっている現代においては、「職」としてのあるべき姿が失われかけている。
だからこそ「職」からの解放が求められる。本来あるべき社会からの需要を見つめ、自らが社会から求められなければならない。それが真の「職」である。
「自らの足でたつ」、「社会から必要とされる」のかが問われる時代になった。そこで生き抜く個、その円と円が重なることで、チームとしての力が生まれる。いまこそ職種から解放され、本来の「職」に立ち返るときが来たのではないだろうか。
文・石川翔太/Focus On編集部
株式会社A.C.O. 倉島陽一
代表取締役兼CEO/PRODUCER
東京芸術大学美術学部建築学科卒業。設計事務所を設立。代表取締役退任後、A.C.O.創業と同時に入社し、2002年同社代表取締役に就任。クリエイティブディレクション、ブランドマーケティング、コンサルティング担当。
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